FC2ブログ
 

ONCC 5期生 歴史のロマンと謎に迫る科(古代) 高槻教室

平清盛ゆかりの地

現地探訪ツアー『平清盛ゆかりの地を巡る』10月30日
清盛①
現地探訪ツアーのテーマ『平清盛ゆかりの地を巡る』に則って兵庫津の清盛ゆかりの史跡を巡った。兵庫津はJR兵庫駅東側からJR和田岬駅付近にかけての一帯で、清盛が推進した日宋貿易などで大いに栄えた地域だ。
朝9時の気温16℃。天気は雲一つないとはいえないまでも暑からず寒からずで申し分ない。高槻を10人で出発し三ノ宮で他の10人と合流。地下鉄湾岸線中央市場駅から現地ボランティアガイドの案内で最初の目的地来迎寺へ向かった。地下鉄の駅を出て気づいたがぷーんと魚の臭いが漂ってくる。ほどなくその原因が分かった。目の前に市民の胃袋を賄う神戸市中央卸売市場のビルが・・・。なるほど。
清盛②

暫く歩を進めると清盛橋に差し掛かる。清盛③

橋の欄干に嵌め込まれた源平合戦屏風や平家物語絵巻のレリーフが訪れた者の目を楽しませてくれる。海が近いせいもあるのか、運河を渡ってくる風が冷たい。
清盛④
             レリーフが楽しい!!
清盛⑤

間もなく来迎寺に到着。元は築島寺といわれた。この寺には清盛の築島築造にまつわる悲しい伝説が残されている。この世で叶わぬことはないといわれるほどの権力を手中にした清盛にしても築島築造は難工事であったようだ。その果ての清盛の小姓17歳の松王丸人柱伝説がそれだ。境内には松王丸入海の碑・供養塔が祀られている。大崎さんが「私の一番好きなところです」というだけあって説明にも熱がこもる。
清盛⑥

来迎寺のすぐ近く、築島水門近くに古代大輪田泊の石椋がある。でっかい岩だ。石椋とは石を積み上げた防波堤(波消し)や突堤の基礎にしたようだ。こんな岩をいくつも海に沈めて積み上げていったんだろうな。重機のない時代半端ない重労働だ。たぶん何人もの犠牲者が出ただろうということは想像できるな。
清盛⑦

次に往時の兵庫の中心地であった南仲町の札場の辻跡へ向かう。札場とは幕府からのお達しを掲示する高札場のあった場所だ。この辺りは兵庫の中心地だったので大きな高札場があったとか。今ではそんな面影はないなぁ。
現在は案内板と道標がわずかに残っているだけだ。この前の道が西国街道だから高槻へも続いているのか。
清盛⑧
この後、金光寺で寺の縁起とありがたいお説教をいただき。能福寺へ向かう。
能福寺には日本三大大仏があるがこれには異論もあるようだ。
清盛⑨
この大仏さんをバックに集合写真を撮ることになりガイドさんにシャッターをお願いした。ところがなんということでしょう。写っていない!!2枚とも写っていない!うっそ~~ Oh my God(-_-;)。てなわけで本来ならこの階段の上に紳士淑女の麗しきお姿が並ぶはずだったのに大仏さんだけの写真になってしまった。平にご容赦を・・・

和田岬駅から元町へ移動。そろそろ腹の虫も鳴り出したので南京町中華街で昼食となった。店内はひどく混雑していた。
清盛⑪
           食前の顔は穏やか。食後豹変
リッチ組は1400円のメニュー。プアー組は1050円のメニューと別れたが、食後の評価は一応に芳しくなかった。

食後は腹ごなしで中華街から徒歩10分位のところにある神戸海洋博物館を訪れた。『海・船・港の歴史と未来を体験する博物館』を標榜している。館内には諸外国の船舶の模型や航海計器の実物なども展示。船舶フアンは一見の価値ありだ。
海洋博物館を出て解散、清盛より泡盛やという面々もいて総勢6人が三宮の居酒屋へ繰り出し、今後のONCCの益々の発展のためには何が必要か・・・などなど真面な???話で意見の交換、17時ようやくお開きとなった。

清盛⑫
             真剣な表情???

みなさんお疲れさんでした。

スポンサーサイト

PageTop

見学会② 朝日新聞見学

見学会② 10月2日朝日新聞大阪本社

新築なった大阪中之島のフェスティバルタワーにある朝日新聞大阪本社を見学
まずは、記念撮影、後で号外の写真になるとは。
ドラえもん可愛いな!!
  朝日①

     ビデオ紹介ルームで配られた資料に目を通す
  朝日②

     丁寧なガイドさんの説明、分かりやすかった!!
  朝日③

明治12年に大阪江戸堀で発刊開始当時の印刷機は左のもので、1日3000部印刷したとか。
右の新聞は初刊の新聞である。
  朝日④
今まで気が付かなかったが、”朝”と”新”の字が我々が使用している字と異なっている。
  朝日⑤
現在でもこの字が使用されている。気が付かなったなあ!!

説明を聞いた後、編集室を見学、記者、デスクの働きを目の当たりにした。
最後に、最初に撮った写真を使用して、当日の”号外”作りを見学、素敵です。

  朝日⑥

約1時間半、丁寧な案内で、新聞の歴史、作成内容が見学出来たことは有意義な一時であった。

PageTop

平安京を学ぶ(班別行動2班)

平安京を学ぶ(班別行動2班)

7月10日 平安京モニュメント、神泉苑、二条城

交流祭の準備に向けて、JR二条駅前の平安京モニュメント、神泉苑、二条城を探訪
JR二条駅前にある平安京の二条駅前の遺跡に関する可愛い家形のモニュメントを見学、東西南北4面に渡り解説があります。
 平安京①

平安京②  平安京③

そこより歩いて桓武天皇が平安京造営時に創建されたという神泉苑
大内裏のすぐ南側に位置し、天皇や延臣の遊宴が開催された場所です。
  平安京⑥
神泉苑は祇園祭の発祥地です
平安京④  平安京⑤
平安時代政争に巻き込まれ非業の死を遂げた怨霊による疫病が発生、863年御霊を祀る御霊会を神泉苑で開催、869年二丈の鉾66本をたて神泉苑に向かい祇園御霊会が開催されたのが祇園祭の発端である。

神泉苑のすぐ近くにある二条城に出向いたが火曜日は定休日で庭のみの拝観

平安京⑧  平安京⑨
       国宝二の丸前           天守閣より本丸をのぞむ

平安京⑩  平安京⑪
   本丸奥の休憩場で休憩         しだれえんじゅの並木を歩く

9月20日 平安京創生館、大覚寺

千本丸太町の近くにある平安京創生館。火曜日休館のため、講座のない木曜日に探訪
玄関を入ると大きな平安京の模型がある。中心に朱雀通りが位置し、北に朱雀門、大内裏、南に写ってはいないが羅生門、その東に東寺、西に西寺がある。

  平安京⑫

  平安京⑲
                平安京の模型の前で

平安京⑭  平安京⑬
 儀式や宴を行う豊楽院正殿の模型    豊楽院前でボランティアの説明を聞く

平安京⑮  平安京⑯
平安貴族の食事(祝い時の特別料理?)         食事風景

平安京⑰  平安京⑱
法勝寺の模型 平安京には東寺、西寺のみしか建設出来ないため、平安京の外の白河殿に六勝寺が建てられた。

平安京創生館を出てバスでJR嵯峨野嵐山へ、雨の中徒歩約20分、大覚寺へ
嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の新室として離宮嵯峨院を建立。876年恒寂入道親王が開創し大覚寺となる。
台風の影響もあり、一部見学出来ないところもあったが雨の中の大覚寺も素敵である。

  平安京⑳
                   勅使門  
平安京⑳①  平安京⑳②
               辰殿襖絵(狩野山楽作)

  平安京⑳③
             辰殿より御影堂をバックに

  平安京⑳④
         五大堂ぬれ縁(観月台)より大沢池を臨む

終日雨であったが、平安時代の一部を覗くことが出来、満足してバスで帰りの途に

別の日(7月30日)に個人で探索した史跡

  平安京⑲-1
    大極殿跡史跡(千本丸太町交差点、丸太町と今出川の間に大極殿が)
  
  平安京⑲-2
             羅城門模型(京都駅烏丸口広場)

PageTop

見学会① 伏見酒蔵を歩く

見学会① 6月12日

<伏見酒蔵 月桂冠見学>
近鉄桃山御陵前駅から徒歩約15分、月桂冠大蔵記念館に
三代将軍徳川家光の時代、1637年初代大倉治右衛門が伏見で酒屋「笠置屋」を開業、最初の銘柄は「玉泉」、宿場町などで発展し、勝利と栄光のシンボル「月桂冠」が誕生したのは1905年(明治38年)。
伏見2  伏見1
ガイドさんの案内で見学スタート!庭に出たところに「月桂冠」名称の由来、「月桂樹」雄雌各1本がある。葉をこすって?匂いを嗅ぐと素敵な香りが漂った。
  伏見3
近くに地下50mから湧き出る「さかみず」があり、酒蔵で使われていた。酒蔵では数年前まで酒造りを行っていたが、杜氏が高齢になり、現在は機械造りに
  伏見4
清酒は85%精米で行っていたが、精米技術が上がり、米粒をつぶさずに25%精米まで出来るようになり、近年吟醸、大吟醸が出き、清酒1級、2級の区別がなくなった。
蒸し器で約1時間蒸し、熱い蒸米を広げ、冬の朝の冷気で適温まで冷やす。 適温、麹は32℃、醪は5~10℃で10℃を越えると美味しい酒にはならないとのこと。

伏見6  伏見7
 醪用の桶に麹、蒸米、水を入れ、15℃以下に保ち、糖化とアルコール発酵を見ながら25日かけて酒造りを行う。
温度が高いと辛口、温度が低いと甘口に。
よって、灘は辛口、伏見は甘口に。なるほど納得!

伏見8  伏見9
 酒袋に醪を入れ、絞り器で1石入る壺に絞っていく。搾りたての酒はアルコール度数20%美味しい酒の出来上がり!!
伏見10  伏見11
 展示を見学、その中に明治43年鉄道で初めて販売されたコップ付壜があった。
伏見12  伏見13
利き酒やお土産を戴いて見学会は終了。記念館の前で集合写真をとって解散!
  伏見15

 「飲み会コース」と「寺田屋コース」に分かれ探索。

 <飲み会コース>
利き酒が足りなかったのか。喫茶「唎酒処」でまず3種類の利き酒
伏見16  伏見17
 次に鳥せんで本格的な宴会を行い、見学会の幕を閉じた。
 伏見18
 <寺田屋コース>
寺田屋では船宿の雰囲気が残る部屋や風呂、更には坂本龍馬の手紙、女将のお登勢の活躍を見学し、薩摩藩の「寺田屋事件」に思いを馳せた。
伏見19  伏見20
御香宮神社では伏見城からの移築の門、京都の名水や鳥羽伏見の戦いの舞台・長州藩等と伏見奉行所の位置関係を知った
伏見21  伏見22

PageTop

6月班別行動Ⅰ

班別行動Ⅰ 6月5日

<1班、2班合同、島津製作所創業記念資料館他>
午前講座を受講し、昼食後阪急にて河原町へ。
高瀬川に沿って二条方面に。「夜はもっときれいだろうとなあ!」つぶやきながらもいろいろな点在する史跡説明の看板を見ながらの探索もいいものであった。

61京都2  61京都3
歩くこと約20分、高瀬川に浮かぶ高瀬舟を覗き込む。
61京都4  61京都5
島津製作所創業記念資料館に到着。玄関前の庭で記念撮影。
61京都6
初代創業者島津源蔵氏が、明治維新により衰退傾向にあった京都の復興のため仏具製造から始まり、欧米の最新技術の導入、「科学立国」を目指して140年間の素晴らしい成果が創業資料記念館に展示されている。
資料館の案内で見学開始、建物の奥に島津家の住居が残っており、素敵な和室と庭が眺められました。

61京都7
和室の前に座り込んで、紹介VTRを視聴
61京都9
明治10年12月、京都府の要請により、仙洞御所より水素熱気球を舞い上がらせた。日本初の有人飛楊の成功!!
61京都10
明治から大正、昭和から平成にかけての展示を見学、ビックリの連続です。
ノーベル賞受賞の田中耕一さんの存在も薄れてしまいます。

61京都11  61京都12
最後にびっくりしたのはX線撮影技術です。努力の積み重ね以外の何物でもありません。
61京都12-1
1時間強の見学、親切でわかりやすい説明で満足でした。
玄関先にアジサイが奇麗に咲いていました。帰り道、外から建物を眺めると、説明にあった明治時代の本社(左半分)住居(右半分)を奇麗に観ることが出来ました。

61京都13  61京都14
二条通りを西に、寺町通りを北に向い歴史探索開始。
途中、「本因坊」発祥の地の看板がある。「本因坊」にいた僧侶「日海」は信長、秀吉時代の囲碁の名人で、家康時代も「本因坊」を本拠地に

61京都15
西国33箇所観音霊場19番札所「革堂」を門前でお参りし、「下御霊神社」に出る。神泉苑での御霊絵で祀られた崇道天皇(早良親王)ら八座は無実の罪で非業の死を遂げ、疫病流行、天変地異はこの怨霊によるものと考えられ、これを鎮めるために祀られている。
61京都17  61京都18
丸太町通りを過ぎ、京都市歴史資料館を見学、紫式部にゆかりの地蘆山寺と梨木神社にでた。
蘆山寺は紫式部邸宅跡とされ、庭には紫式部の歌碑がある。境内の裏の墓地には秀吉が築いた御土居の名残があった。

61京都19  61京都20
梨木神社には京都三名水の一つが残っており、乾いた喉を潤して本日の探索は終了した。

PageTop