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武士の起こりから応仁の乱へ (中世史) ONCC 7期生 高槻教室

班別行動 9月

班別行動 9月  
9月17日(1班)
源義経の生誕地といわれている京都北区の紫竹地区を訪ねた。
<常磐御前化粧井>
四条烏丸駅よりバスで約25分、大徳寺前で下車、南へ約5分の所に義経の母常盤が飲み水に使ったといわれる常磐井がある。牛若は鞍馬より時々この地を訪れていたといわれる。

 9紫竹①
その裏に今にも倒れそうな祠がある衣懸塚があるがいわれは不明
9紫竹②   9紫竹③
<光念寺>
常磐井より大徳寺境内を抜け、

9紫竹④
 北へ約1Km行ったところに光念寺がある。
常盤御前が安産祈願したとされる常盤腹帯地蔵が祀られている

9紫竹⑥  9紫竹⑤
<牛若丸産湯井跡・胞衣塚>
 この紫竹の周辺に父源義朝の別宅があったと考えられ、六条堀川院よりこの地に通っていたのではないか。
 牛若はこの地で生れ、牛若丸誕生井の跡と石碑がある。
 その近くに、胞衣(えな)塚があり、牛若誕生時の胎盤、へその緒を埋めたとされいる。

9紫竹⑦  9紫竹⑧
     牛若丸誕生井        胞衣(えな)塚
9紫竹⑨
 この2つは民間の畑の中にあり、綺麗に保存、管理されている。
<源義経産湯井の遺跡>
 更に東に徒歩5分、源義経産湯井跡がある
 牛若丸誕生の地として、この井水が産湯に用いた伝説を石碑に残している

9紫竹⑩  9紫竹⑪
<総神社>
 総神社の由来によると、紫竹地区は古来源氏とゆかりの深い土地であり、総神社のあたりに、源義朝の別邸があったとされている。
常盤御前がこの地で牛若を出産したと伝えられ、古図には「常盤の森」と記入されているとのこと

9紫竹⑬  9紫竹⑫
<常徳寺>
総神社から牛若通りを通って北へ5分常徳寺がある
 牛若を身ごもっていた常盤が常徳寺に安産を祈願して常盤地蔵を安置したと伝えられている

9紫竹⑭  9紫竹⑮
紫竹地区には常盤と牛若に関する史跡が多くあり、牛若誕生の地をしっかり踏みしめた感がある。 担当 1班広報 杉田


9月24日(3班)
鍛冶神社~粟田神社~青蓮院門跡を探訪
午前中の若井先生の講義・食事後12時32分の特急にて四条河原町へ。
円山公園経由、知恩院山門前より、神宮道・三条通りを経て粟田口鍛冶町へ。   

9鍛冶①

最初の目的地、鍛冶神社は粟田神社の末社で境内入口左にあり刃物・鍛冶及び勝運の社であり、刀工三条小鍛治宗近や粟田口藤四郎義光を祀る。
9鍛冶③ 9鍛冶②
「鍛冶神社」は2,3年前から「刀剣女子」なる人が増え若い女性の参詣が増えて、刀剣の聖地として脚光を浴びているそうです。
スサノオノミコト・オオナムチノミコトを主祭神として祀り、厄除け・病除けの神とし崇敬される。
京都東の出入り口の粟田口は古来東山道・東海道の旅人の安全を願い道中の無事を感謝し粟田神社に参られ旅立ち守護・旅行安全の神として知られるようになった。

9鍛冶④
本日最終地の青蓮院門跡は、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つとして、古くより知られ現在は天台宗の京都五箇室門跡の一つに数えられます。
天台宗の祖最澄(伝教大師)が比叡山延暦寺を開くにあたり、山頂に僧侶の住坊を幾つも作ったが、その一つの「青蓮坊」が青蓮院の起源であるといわれる。
平安時代末期青蓮坊十二代行玄大僧正(藤原師実の子)に鳥羽法皇がご帰依になって
第七王子をその弟子とされ、院の御所に準じて京都に殿舎を造営して、青蓮院と改称門跡寺院として青蓮院が始まり、行玄が第一世の門主となる。

9鍛冶⑦ 9鍛冶⑥

9鍛冶⑧ 9鍛冶⑨
青蓮院築地4本院内に1本計5本有り、最大のものは樹高26・1メートルに達する
十二世紀末、親鸞聖人に植えられたと伝えられ樹勢が旺盛で樹形も優れ円山公園から平安神宮間の中で地域の景観要素となっている大木として貴重なものである

                担当 3班広報 高橋

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班別行動②(夏休み)

班別行動②(夏休み)
<7月30日 3班>
京都市左京区、大原陵~三千院
① 大原陵(後鳥羽天皇・順徳天皇陵墓)見学
大原バス停で下車県道108号線を横切り呂川沿いを上る。
 8大原①

御陵参道に出たところで小休止と集合写真を撮り、左折して大原陵方面へ
 8大原②

御陵参道右手には門跡寺院三千院を通過すると右手に小径があり上がると大原陵の鳥居が整然と立ち静かな雰囲気の中に陵墓が見える。 右手には十三重塔が佇んでいる。
 8大原④
 8大原③

全員で礼拝後集合写真を撮る。
 8大原⑤
② 大原陵を後にして門跡寺院三千院に向かう。
御殿門から中書院・宸殿を通り有清に出ると青苔や杉・檜等の立木が並び夏の新緑が美しくまた国宝阿弥陀三尊像も金色に輝いている。往生極楽院南側にはわらべ地蔵達が微笑ましく苔と一体となり苔むしている。
8大原⑥   8大原⑦
8大原⑨ 8大原⑩

③ 最後の見学地は実光院
 
庭園から見える庭園は律川より水を引き池泉観賞式の「契心園」で築山の松は鶴を池の島は亀を表現しています。
 8大原⑪
抹茶をいただきながら、本日暑い中歩き疲れの溜まる時の小休止は体も心も休まりました。
 8大原⑫

皆さんご苦労さんでした。    (担当3班広報 高橋)

<8月27日 1班>
源義経伝説と堀川邸跡を巡る
交流祭のテーマ”源義経”に関係のある京都の史跡巡り、No2 夏休みの1日、義経と弁慶がであった場所と堀川邸跡等を巡った。

五条天神社
 地下鉄五条より徒歩15分、この近くで義経と弁慶が出会ったとされる。
 牛若丸と弁慶の戦いである五条の橋は現在の五条大橋ではなく、五条天神社の近く、西洞院にかかっていた橋?

 8堀川①

手水のタオルに牛若丸と弁慶の戦いが!!
 8堀川②

若宮八幡宮
五条天神社より徒歩約10分、若宮通りに面して若宮八幡宮がある。この辺一帯が源義経らの館(堀川邸)があったところである。
五条坂にある若宮八幡宮のもともとの鎮座地で、後にこの跡地にお社を建てたものです

 8堀川③
若宮八幡宮は八幡太郎源義家(義経の曽祖父)が誕生した地と云われる。石碑に”八幡太郎源義家誕生地”と刻まれている
8堀川④

風俗博物館 
堀川通りに面したところにある風俗博物館に立ち寄る。
”源氏物語 六条院の生活”を展示中

 8堀川⑤
幼い帝が勅命を伝えるシーン、竹取物語で姫が月に帰るシーン、宮中での蹴鞠のシーン等奇麗で見どころ多々あり。
8堀川⑥  8堀川⑦

昼食はビール片手にステーキ!! 凄すぎます
8堀川⑧  8堀川⑨

六条通りの堀川に面したところに左女牛井之跡の石碑がある。源氏六条堀川邸は源頼義が築いた館で義家、為義、義朝、義経が住んだところである。
左女牛井は堀川邸の井戸の跡地で、この井戸は第二次世界大戦時に堀川通の拡張で取り壊され、今は石碑のみが残っている。

8堀川⑩

暑さもひどくなく、心配した雨も探索中は降らず
終了後突然激しく降り出した。
急いでバスで帰宅の途に、楽しい1日でした。

                (担当1班広報 杉田)

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